日本の城巡り「MARO参上」

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亀山城(京都府)

いざ本能寺へ!明智光秀が信長謀反へ出撃した城跡

 

JR亀岡駅前に位置する亀山城。駅を背面に広がる南郷公園は内堀の跡を中心に整備されています。その堀の向こうに広がる森が本丸跡となります。

亀山城本丸は天守台が残りますが、現在は大本(おおもと)教本部となっています。見学するには受付にまず訪問。「亀山城に見学したい」と申し入れるだけなので、飛び込みで問題ありません。無料ですし、係りの方も親切で、亀山城関連の資料もそこで頂くことができます。

万祥殿という場所で形式的なお払いを受ければ、大本教の聖地とされている天守台(聖地となっているため上に上がることはできません)のある場所に立ち入ることができます。その受付から万祥殿に向かう左手に見える池や、石橋のある付近もかつての内堀跡とされます。

天守台は大正・昭和の大本教の弾圧で破壊されたそうですが、その後現在の姿に復元されたそうです。ただし下3段は、破壊される以前の亀山城の遺構とのことですが、ここで亀山城の歴史を日本城郭大系と、現地で頂いた資料を参考に紹介します。

中世にすでに存在していた亀山城(砦)を織田信長の命を受けた明智光秀が天正5(1577)年~天正7(1579)年にかけて改修を行ったとされます。中世の亀山城の城主としては、並河(なびか)氏や、近藤氏らの名前が挙がりますが詳細はよく分かっていないようです。

光秀が亀山に入る際には内藤氏が城主を務めていましたが、光秀を大江山に迎えに行くなどし、平和的に入城が叶ったようです。

光秀は福知山城も築城しますが、丹波経営の拠点はこの亀山城に置いたそうで、1582(天正10)年の「本能寺の変」では、この亀山城から光秀が出撃し、戦国時代最大の事件といってもいい出来事が起きます。

光秀が豊臣秀吉との対決に敗れ京都の小栗栖で命を落とすと、亀山城は豊臣氏譜代の大名達が城主に名を連ね、徳川政権に代わっても、亀山城は重視され慶長15(1610)年に、天下譜請で藤堂高虎が縄張りをし、愛媛・今治城の天守を移築。近代城郭として明治維新まで、亀山藩の中心として存在しました。

大本教からさらに南へ向かった京町付近には惣構えの土居跡を見学することもできます。天満神社の奥には解説板も設置され、その天満神社から東側にあるスーパーの裏側(嶺樹院の裏側)の土居は規模も大きく見ごたえがあります。

歴史に名高い「本能寺の変」に関係する舞台の一つで、じっくりと亀岡市内を散策するとまだ遺構も残されているので、十分に楽しめる城跡だと思います。

所在地

京都府亀岡市荒塚町内丸1

新宿駅からのルート(※料金や所要時間は目安です。)

【JR在来線】JR山手線 新宿駅~品川駅(乗換え) 料金 片道190円 所要時間 約20分ほど
【JR新幹線】新幹線のぞみ 品川駅~京都駅 料金 片道13,520円 所要時間 約2時間15分ほど
【JR在来線】山陰線 京都駅~亀岡駅(快速停車駅) 料金 片道400円 所要時間 約20分ほど
【入館料】無料(大本教の受付で見学申込みが必要です。)

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