細川ガラシャゆかりの古都の古城
2011年の12月末に再訪問し、写真など一部をリニューアルしました。
まず勝竜寺城の歴史背景ですが、古くは南北朝時代に細川氏によって築城されたと言われていますが、これは後に織田信長に仕えた細川藤孝が勝竜寺城を持つ正当性を強調するために細川藤孝が創作したという説もあるようです。
室町幕府の末期、近畿地方を三好氏が支配していた当時は、この勝竜寺城は三好三人衆の一人、岩成友通が守ったようですが、三好三人衆が織田信長によって近畿から一掃された後は、細川藤孝が信長にこの城を与えられ城主となったとされているようです。
軍事的に信長にとって重要拠点でしたがこの城は別に、明智光秀の娘・お玉(細川ガラシャ)と細川藤孝の嫡男・細川忠興が新婚生活を送ったことでも有名な城です。
後に細川藤孝が丹後(京都北部)に移封されると、代わって京都所司代の村井貞勝の家臣が勝竜寺城を守りますが、1582年に「本能寺の変」が起き信長が斃れると、代わって明智光秀の傘下に入ることとなり、直後の「大山崎の戦い」で豊臣秀吉に破れた光秀はこの城に一旦退却し、ここから滋賀県の坂本城へ戻る途中に土民の手によって生涯を閉じることになるわけです。
その後、徳川政権の時代に廃城になったようです。
現在の勝竜寺城は1990年代に模擬櫓などを持つ「勝竜寺城公園」として整備されていますが、残念ながら2度とも訪問が年末の帰省時で、城公園の休館日になっており、まだ施設内には入れていませんが、近くの神足神社には勝竜寺城の空堀が現存しているので、ぜひ合わせて訪問しておきたい場所。
神足神社の空堀は当サイトの「神足城」のページで写真も紹介していますので、ぜひそちらも参考にしてみてください。
勝竜寺城付近は京都市と大阪市両方のベッドタウンといった位置で周辺は開発されていますが、他にも中世城郭跡の比較的多い地域なので、ゆっくり市街地の歴史散策を楽しめる街だと思います。

近くのオススメすぽっと
長岡京の近くの史跡ですが、まず近くにある「長岡天満宮」ですが、こちらは菅原道真が左遷される際、この地を訪れた縁でつくられたそうです。阪急の長岡天神駅から天満宮へ向かうと最初に目に留まる「八条ヶ池」は1638年に八条宮智仁親王によってつくられた歴史のある池です。
阪急長岡天神駅すぐの開田城土塁公園は、マンション脇に土塁の一部を保存している地元豪族・中小路氏の居城とされています。ここ長岡京市は城跡も多い街です。
所在地
京都府長岡京市勝竜寺
新宿駅からのルート(※料金や所要時間は目安です。)
【JR新幹線】新幹線のぞみ 品川駅~京都駅 料金 片道13,520円 所要時間 約2時間15分ほど
【JR在来線】JR東海道本線 京都駅~長岡京駅 料金 片道210円 所要時間 約10分ほど
【入館料】0円










