日本の城巡り「MARO参上」

ホーム > 関西以西の城 > 京都府の城一覧 > 亀山城(京都府)

亀山城(京都府)

いざ本能寺へ!明智光秀が信長謀反へ出撃した城跡

 

京都市の北隣に位置する亀岡市。そのJR亀岡駅前にあるのが明智光秀築城の亀山城です。

亀山城の歴史をカンタンに整理すると、1575年に丹波平定を織田信長に命じられた光秀は、この亀山城を築城し、その拠点とします。その後、丹波平定が成功すると、この地は光秀に与えられ、福知山城も築城しますが、丹波経営の拠点はこの亀山城に置いたそうです。

その時すでに光秀によって天守も築かれたそうですが、1582年(天正10年)歴史を大きく覆す大事件の舞台となります。

有名な話ですが、信長の同盟者・徳川家康を安土で接待中、光秀は中国地方で苦戦を強いられていた羽柴秀吉の援軍に行くことを、信長に命じられます。
滋賀県大津の坂本城へ一旦帰った光秀は出陣の準備で亀山城へ入城。その後、有名な次の一句を愛宕山で詠んだとされます。

時は今 天が下知る 五月かな

そして1582年6月2日、亀山城を出た光秀は、亀岡市と京都市の境にある老ノ坂をくだり、信長が宿泊していた本能寺を攻撃。信長とその嫡男・信忠は最期を迎え、ここに戦国史上最大の事件といえる「本能寺の変」が成立しました。

その後の亀山城は、豊臣政権では小早川秀秋や前田玄以などが、徳川政権下でも「築城の名手」とされる藤堂高虎により改修が行われ、幕末まで城は存続しました。

そして現在の亀山城は、駅から数分で南郷公園があり、こちらに石碑が設置されています。南郷池が当時の堀跡とされています。

しかしかつての天守閣跡などは、その池の向こうですが、ここは亀岡市ではなく宗教法人の大本教の本部が置かれています。ここでも、かつて様々な歴史があったそうですが、ここでは割愛させていただきます。

ただし、教団の受付へ見学を申し込み(当日・飛び込み可)、形式的なお払いを受ければ(全て合わせて数分程度)、一部を自由に見学することができます。
受付の方も慣れていらっしゃるようで、親切に応対していただけました。

天守閣は現存しておらず、天守台が残りますが、この上が聖地とされているため、上に上がることは禁止されています。

天守台は、教団によって復元されたそうですが、下3段分くらいが光秀時代の天守台の石垣と伝わるそうです。

城としての見所は決して多いとは言えませんが、やはり「本能寺の変」の舞台のひとつ。見学も想像以上にカンタンにできるので、京都北部の城巡りの際にぜひ立ち寄りたい場所です。

所在地

京都府亀岡市荒塚町内丸1

新宿駅からのルート(※料金や所要時間は目安です。)

【JR在来線】JR山手線 新宿駅~品川駅(乗換え) 料金 片道190円 所要時間 約20分ほど
【JR新幹線】新幹線のぞみ 品川駅~京都駅 料金 片道13,520円 所要時間 約2時間15分ほど
【JR在来線】山陰線 京都駅~亀岡駅(快速停車駅) 料金 片道400円 所要時間 約20分ほど
【入館料】無料(大本教の受付で見学申込みが必要です。)

写真ギャラリー