日本の城巡り「MARO参上」

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高安寺館(東京都)

足利尊氏が中興以来、足利氏ゆかりの城砦化された寺院

 

JR、京王両線の分倍河原駅が最寄になる高安寺(こうあんじ)館。現在も高安寺として存在しており、また他のお城紹介サイトでも「高安寺館」「高安寺城」「高安寺砦」などと称されていますが、当サイトでは日本城郭大系にならい高安寺館としてページの内容をリニューアルします。

駅から見える高安寺はこんもりとした小山そのもの。その歴史は平安時代の武将・藤原秀郷が天慶3(940)年、市川山見性寺(しせんざんけんしょうじ)を開いたのが最初とされますが、城郭大系はこれを伝説の域を出ないとしています。

鎌倉時代も末期(1333年)になるとこの一帯で「分倍河原合戦」が起こり、北条泰家率いる鎌倉幕府軍と、新田義貞軍が戦いますが、その際、義貞は高安寺に陣を敷いたとされます。

その後、足利尊氏が中興し高安寺として整備。以後は足利氏との結びつきも深くなり、特に鎌倉公方足利氏が合戦の度に本陣を敷いたとされます。

戦国時代に入ってからも上杉氏(調布に扇谷上杉氏の深大寺城があったので、恐らく扇谷の方だと思います)や、後北条氏が利用したとされています。

現在、明確な遺構はありませんが、冒頭でも触れたとおりこの一帯では目立った小山ですので、戦略上重要な場所であったことは容易に想像ができます。

また寺院には足利二つ引の家紋も多く見られ、足利氏との関連性の高さが分かります。「城砦」としての石碑や解説板はありませんが、寺院としての解説板には事実上、城砦としての説明が多く記されています。

あとこの高安寺館にはもう一つ伝説があり、鎌倉時代、源義経が頼朝に許しを求めるも叶わず、京都へ帰る際にこの地に留まり写経をしたとされますが、その際、硯に使った水をくんだとされる井戸が「弁慶硯の井」が残っています。こちらも忘れずに見学したいですが、こちらも当然その後の城砦時代には貴重な水源として重宝されたのでしょう。

周辺は市街地化されており、寺院内も整備されていますので、季節を問わずに訪問することが可能です。都心からも近いので分倍河原古戦場跡と合せて、週末に歴史散策を楽しむにはピッタリの場所ですね。

近くのオススメすぽっと

京王線府中駅から徒歩数分のところにある「武蔵野うどん」さん。多摩エリアに伝わる郷土料理の一つです。コシの強い麺で、多少黒い感じのする麺でした。お店の方も良い感じですし、府中へ行かれる機会あれば一度足を運んでみてください!

靖国神社や明治神宮などと並び「東京五社」の一つに数えられる「大国魂神社」。府中駅から徒歩5分ほどです。かつては源頼朝が妻政子の安産祈願にも訪れたそうです。この大国魂神社と府中駅の間には八幡太郎源義家の銅像もあります。

所在地

東京都府中市片町2-4-1

新宿駅からのルート(※料金や所要時間は目安です。)

【京王線】新宿駅~分倍河原駅(特急停車) 料金 片道280円 所要時間 約27分ほど 
【入館料】0円

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