日本の城巡り「MARO参上」

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小野路城(東京都)

小山田城の支城だった鎌倉街道沿いの古城跡

 

小田急鶴川駅からバスの本数も多いので、神奈川中央交通バスの野津田車庫まで乗車し、15分程度歩いて登城するのが恐らく一番近道だと思います。

小野路(おのじ)城は、承安元(1171)年に小山田有重が小山田城を築城するとその支城として、二郎重義に任せたとされます。

小山田氏は秩父氏の流れを汲み、戦国時代、甲斐の武田氏に従った小山田信茂に繋がる一族で、この頃、源頼朝に従い勢力を伸ばしたものの、有重の長男・稲毛重成が畠山重忠と同族争いを行い、重忠を滅ぼすも、重忠を陥れようとしたことが後に発覚し、元久2(1205)年に重成は誅殺され、それがきっかけで小山田、稲毛、榛谷(はんがや)氏ら一族は没落したとされます。

その後、しばらくこの一帯は鎌倉執権家の北条氏が統治したと考えられますが、再び南北朝の頃になると、新田義貞の家臣として、稲毛重成の弟・行重の末裔と伝わる小山田太郎高家が活躍し始めるも、神戸の湊川合戦で足利尊氏の軍勢の前に戦死。
戦国時代に入ると扇谷上杉氏の支配下にあったとされ、「長尾景春の乱(1476~80)」では本城の小山田城が落城したとされます。その際にこの小野路城も落城したと考えられています。

現在の小野路城は本丸に小さな祠が建てられ、その参道入口付近に古ぼけた解説板が設置されています。

本丸には微かに土塁の痕跡も認められ、また面積もそれなりにあることから、居住スペースとしても活用されていたのではと思います。
また隣接して小野小町ゆかりの井戸もあり、伝説でしょうが小町が療養のためにこの一帯に暮らしていたこともあるとされています。

いずれにしても、城は鎌倉街道を押える位置にあり、小山田城の支城としての機能だけでなく、経済の要所としても重要視されていたのではと個人的には考えてしまいます。

現在の小野路城は、周辺は鎌倉街道がそのまま残された貴重な一帯で、自然保護区域になっているため、訪問されるなら冬場の方がより安全に見学が出来ると思います。
また雨の日などは避けられた方が安全です。履物はトレッキングシューズなどは不要ですが、動きやすい物の方が望ましい場所となっています。

小野路城の遺構はシンボル的なものは見当たりませんが、郭跡や、切岸などが確認できますし、先ほどの小野小町ゆかりの井戸など、晴れた日に、ゆっくりと歴史散策をするにはぴったりの場所となっています。

所在地

東京都町田市小野路町797

新宿駅からのルート(※料金や所要時間は目安です。)

【小田急線】小田原線 新宿駅~新百合ヶ丘駅(急行停車駅・乗換え)~鶴川駅料金 片道340円 所要時間 約30分ほど
【神奈川中央交通バス】野津田車庫行き 鶴川駅~野津田車庫 料金 片道240円 所要時間 約15分ほど
【入館料】0円

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