日本の城巡り「MARO参上」

ホーム > 関西以西の城 > 大阪府の城一覧 > 津田城(大阪府)

津田城(大阪府)

織田信長に攻め滅ぼされた津田氏の居城跡

 

津田城は枚方市のJR片町線・津田駅東側にある国見山の山頂に築かれた中世の山城でした。
時代は延徳2(1490)年、津田周防守正信が築城したとされます。
津田駅から城へ向かう住宅地の中に正信の墓が存在します(墓碑は近代的なものです)。

正信は楠木一族とも伝わるそうですが、確証なないとのこと。この津田氏は3代目・正明の時には同じ大阪の飯盛山城の三好長慶(ながよし)に従い北河内の三好勢の一大勢力となったそうです。

しかし順調だった津田氏も徐々に戦国の終わりが訪れ始めます。
永禄4(1561)年に正明が死去すると、その数年後、三好長慶も死去。
津田氏は正時が跡を継いでいたものの、強固な家臣団ではなかったため、内部から攻撃を受けます。この時は事なきをえたものの、主君筋の三好氏が三好三人衆と松永久秀に分裂。
この時、正時は三好を捨て、久秀方についたがため、三好義継によって城は攻め落とされます。

正時はその後、三好氏に許され、再び津田城に戻ったと考えられるそうですが、動き出した時の流れは止まらず、さらに強大な敵・織田信長が天正3(1575)年に津田城を攻撃。わずか4時間で城は落城したそうです。

正時はその後、三好氏に許され、再び津田城に戻ったと考えられるそうですが、動き出した時の流れは止まらず、さらに強大な敵・織田信長が天正3(1575)年に津田城を攻撃。わずか4時間で城は落城したそうです。

現在の津田城は冒頭で触れた国見山のハイキングコースになっています。
ハイキングコースは整備されていており、ヒノキ林の登山道は圧巻。また山頂は眺めもよく、ハイキングだけでも登山する価値はありますが、城としては削平地といってもかなり狭いため、恐らくは物見櫓程度の施設だったのではないでしょうか。
この時期ですから、恐らく津田城は詰めの山城で、日ごろは麓に居館でも構えていたでしょうから、城主の日常住まいとは到底思えませんでした。

遺構は微妙・・・
見ようによっては切岸(きりぎし)とも見える箇所や、土橋と思われしき箇所がありましたが確証は持てませんでした。

一番分かりやすかったのは、さらに交野山へ向かう登山道に入ろうとした所の堀切でしょうか。さらに進むと、頭上に明らかに人為的に組まれたと思われしき石垣跡のような物も確認しましたが、果たして往時の遺構であるかは自信が持てません。

戦国期の山城ですが、あまり期待しすぎると消化不良になってしまうかもしれません。有名なハイキングコースで道はハイキングコースとしては整備されていますので、ハイキングがてらに訪城されるくらいの心構えの方がいいかもしれません。
また同じ片町線には文中にも登場した飯盛山城がある野崎駅も近いので、体力に自信のある方は合せて訪問されるのもいいかもしれません。

所在地

大阪府枚方市津田(国見山)

新宿駅からのルート(※料金や所要時間は目安です。)

【JR在来線】JR山手線 新宿駅~品川駅(乗換え) 料金 片道190円 所要時間 約20分ほど
【JR新幹線】新幹線のぞみ 品川駅~新大阪駅 料金 片道14,250円 所要時間 約2時間26分ほど
【JR在来線】JR東海道本線 新大阪駅~大阪駅(乗換え)~環状線 京橋駅(乗換え)~片町線 津田駅 料金 片道540円 所要時間 約55分ほど
【入館料】0円

写真ギャラリー