かすかに遺構を残す名門世田谷吉良氏の居館跡
当サイトのコンセプトの一つ「東京新宿からそのようなルートで城跡へ行くか」を紹介する場合、小田急線を使い「豪徳寺駅」で降りるのが最も近いですが、最寄り駅と言えば、下町情緒漂う東急世田谷線の「宮の坂駅」が最も近くになります。
豪徳寺自体が元は世田谷城の一部であったとされます。
室町時代には足利家から世継ぎが出なかった場合は、吉良家から将軍を出すと言われた一族の出で、三河東条吉良氏の後裔・世田谷吉良氏の居城であったとされます。
治家の時代に上野国に領地を持ち、鎌倉公方・足利基氏から戦功を認められこの世田谷に移り住んだと伝わります。
成高(しげたか)の代には、横浜の蒔田(まいた)にも居館を持ち「世田谷殿」「蒔田殿」と呼ばれたそうで、扇谷上杉氏の重臣・太田道灌とも同盟を結び、文明9(1477)年の「長尾影春の乱」では、道灌が出陣、その道灌が当時いた江戸城には、成高が代わりに守備についたほどの信頼関係があったとのことです。
しかし、その子・頼康は後北条氏から妻を迎え、実質的に後北条氏の傘下に吉良氏も組み込まれていき、天正18(1590)年の「小田原の役」において後北条氏が滅ぶと、この世田谷城もほぼ無抵抗で豊臣秀吉に開城したそうです。
その後、新江戸城が築城される際に、石材などは持ち運ばれていったと日本城郭大系は歴史背景について記述されています。
関東では鎌倉公方と並ぶ別格の「家」だったそうで、特に強力な武力は保持せず、この城も軍事的な色よりは、館の要素が強かったそうですが、現在は「世田谷城址公園」となり、一部ですが土塁や空堀の跡が残ります。
整備が行き届いているのですが、残念なことにどこが遺構で、どこが後世に手を加えたのか多少わかりにくく、またゴミや、「写真ギャラリー」を見て頂くとわかるのですが、2012年1月に再訪問したときの写真で、残念なことに落書きがなされていました。
豪徳寺の境内前にも遺構のような物が確認できましたが、それも住宅を建築するための基礎工事か少し分かりにくいのは重ね重ね残念なところ。
その豪徳寺もかつての世田谷城の城域と考えられていますが、そちらには城としての遺構はありませんが、寺院としては見所のとても多い寺院ですので、ぜひ合わせて訪問されることをオススメします。
近くのオススメすぽっと
東急世田谷線で下高井戸駅に向かうと、下町情景豊かな町にでますが、その下高井戸付近で有名なタイ焼きの「たつみや」さん。シンプルな昔なつかしい「正統派」のタイ焼き屋さんです。
食べログの紹介ページはこちら
下北沢の「bio ojiyan cafe+ (ビオ オジヤンカフェ プラス)」さん。定食メニューも豊富なおしゃれなカフェ。おしゃれなんですが、焼き魚など「和」の定食が多く、また夜は一人でも落ち着いて食事しながらお酒も頂ける。とっても重宝できるお店です。
食べログの紹介ページはこちら
こちらも同じく下北沢のカフェ「まるさんフーズ」さん。お酢を使ったドリンクなどユニークなメニュー。店内もおしゃれで静かなお店です。もちろんお料理の味もいうことなし!おしゃれですがお値段もリーズナブルです。
食べログの紹介ページはこちら
所在地
東京都世田谷区豪徳寺2丁目14
新宿駅からのルート(※料金や所要時間は目安です。)
【入館料】0円