日本の城巡り「MARO参上」

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古河城(茨城県)

徳川幕府の大老など要職の大名が城主を務めた城跡

 

古河城の歴史は古く鎌倉時代に遡り、後の時代、関東の戦国時代を語る上で欠かせない「古河公方」こと足利成氏の居城として名を馳せましたが、それはまた古河公方館として別に紹介をさせて頂こうと思います。
※古河公方館として別に石碑も設置されていますので。

この古河城のページでは近代城郭としての紹介をさせていただきます。

戦国の動乱も落ち着いた慶長6(1601)年、松平康長が大修理を行い、近代城郭としての基礎を築いたと日本城郭大系に記されています。

古河城は徳川幕府の要職を務めた大名の城となっていきますが、まず老中だった永井尚政。9万石の大名として古河城を与えられますが、次に寛永10(1633)年に、その尚政が京都山城のへ移封されます。

代わって古河に入ったのが千葉下総の佐倉より土井利勝が入城。この人物は後に大老に上り詰めるわけですが、この利勝の際に、現在も遺構として確認できる出城としての諏訪郭や、また本丸三層櫓などを整備したとされます。

その後も古河城の城主は何度か代わるも、土井利勝だけでなく堀田正俊も天和元(1681)年に入城。歴代城主のうち、二人が幕府の大老についていた人物だったことからも、この古河城がいかに重要視されていたかがわかります。

そんな古河城も現在はほぼ旧状をとどめていませんが、古河市内にその遺構をいくらか確認することができます。まず、おすすめは、古河駅近くで無料でレンタルサイクルが借りれます(2014年9月に古河再訪問。その数年前も同様に借りることができました。)

2014年に再訪問した際は「コガッツ」と名称変更されていましたが、施設は変わってませんので、この施設はぜひ立ち寄っていただきたいのです。ここに模型や、簡単な地図などが設置されています。
また訪問時、こちらの施設の方にいろいろと古河城についてのお話をお伺いすることができ、かなり事前学習ができました。

さて、肝心の遺構や、石碑などの場所ですが、このページの下の方にある地図を参考にして頂きたいのですが、駅の西側にある福法寺。ここの山門が古河城の移築門と伝わります。門脇に乾門としての説明板が設置されています。

このすぐ近くには御茶屋口の石碑と解説板も用意されています。
続いて向かいたいのが諏訪郭。ここは出城(福法寺周辺は古河城域ではありません)であった場所で現在は古河歴史博物館となっています。管理人はこちらには立ち寄ってませんが、精密な古河城の模型があるそうなので、時間のある方は立ち寄られるといいかもしれません。

かなり近代的に整備されているため、遺構と分かりづらいのですが、この周囲を囲う水濠こそ、諏訪郭の堀跡です。

本丸は渡良瀬川に接していましたので、さらに川に向かいます。現在「三国橋」があるあたりがかつての観音寺郭。現在では桜町とされるこの付近に桜門の石碑と、獅子ヶ崎の遺構が残ります。獅子ヶ崎はわかりにくい場所にありますが、必見です。

そして川の土手(上段)を進むと、よく川に見られる少年野球などを行うような野球場が二面ほど見られます。この一帯が本丸で、木碑が設置されています。

この古河城、遺構は少ないのですが、こうやって街のいたるところに残る城の面影を探していくと、かなり楽しめました。移動距離が多いので、文中で紹介しているレンタルサイクルがオススメです。周囲は都市化されていますので、ほぼ危険な箇所は皆無。軽装で気軽に訪問することができます。

管理人も2012年まで10年近く東京に在住しており、その間に一度訪問したかったのですが、叶わずついに2014。プライベート旅行に合せて訪問ができました。東京都心部からもアクセスのいい城なので、まだと言う方はぜひ訪問なさってみてください。

近くのオススメすぽっと

古河駅前の「シティーショップHANA」さん。こちらで無料で自転車を貸していただけます。古河市内の観光に、都内からクルマを持たず観光へくる方にはとてもウレシイサービスです。
「シティーショップHANA」さんのサイトへ

古河市が売り出している「七福カレーめん」。いろいろな店が協賛し、カレーをつかった麺類をつかったメニューを味わうことができます。管理人は、駅前の喜楽飯店さんという中華屋さんで「カレーラーメン」をいただきましたが、とても優しく誰にも愛される味だと思います。
七福カレーめんオフィシャルサイトへ

所在地

茨城県古河市古河

新宿駅からのルート(※料金や所要時間は目安です。)

【JR線】新宿湘南ライン 新宿駅~古河駅料金 片道1,140円 所要時間 約1時間ほど
【入館料】0円

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