羽柴秀吉が初めて城持ち大名になった湖北の城跡
JR長浜駅からも模擬天守が見える市のシンボル的存在の長浜城は、天正3(1575)年に羽柴秀吉が織田信長より今浜の地を授かり、長浜と改名して築城した城で、秀吉が初めて城持ち大名になった城として著名な城です。
管理人がこの「MARO参上」を始めたのが2009年の9月頃。その1年ほど前から、この城巡りを始めたのですが、その最初の1年目。当時東京在住でしたので、京都への帰省時に青春18切符を使って立ち寄って以来、2度目の再訪問を2014年10月にしてきました。
まず長浜城の歴史をおさらいします。建武3(延元元・1336)年に佐々木高氏が築城し、その家臣の今浜氏が守備したと伝わります。その後、天正元(1573)年に、信長がかつての同盟者だった浅井長政を滅ぼすと、その功績を認められ、冒頭に触れたように秀吉が入城し整備することになります。
天正10(1582)年に信長が本能寺で死した後、清洲城で行われた「清洲会議」にて、秀吉と対立する柴田勝家の甥・勝豊に長浜城を一時譲るも、同年、秀吉が武力で奪回に成功。
天正13(1585)年には山内一豊が城主になったこともありましたが、元和元(1615)年に廃城となり、彦根城築城の材料として石垣などが持ち去られたと伝わります。
現在ほとんどの遺構が残されていませんが、模擬天守を中心として豊公園として周辺は整備されています。天守も長浜城歴史博物館として楽しめます。
長浜駅西口をでると、そのロータリーには「内堀」の碑があり、そのまま豊公園へ向かうと、一つ目の交差点に御馬屋敷の碑があります。駅を背に右側が三の丸。左側が二の丸とざっくりですが城の縄張りとなります。ちなみにこの御馬屋敷碑のところに縄張図が描かれていますので、訪問時には忘れず立ち寄りたいところです。
現在の天守を「通過」し、そのまま琵琶湖へ向かう途中に当時の天守閣跡の碑が残ります。この天守台の上には秀吉の像も設置されています。その秀吉の視線の先に琵琶湖がありますが、その琵琶湖の浜辺に太閤井戸が残っています。
長浜駅の東側には城下町が広がっていたと考えられ、こちら側にも街のいたるところに堀跡の碑が設置されています。駅東側の商業地に、この近辺で有名な飲食店である鳥喜多さんの近くに流れる小川がありますが、ここは外堀の跡だそうで、それを示す碑が設置されています。
歴史上著名な城の割りに遺構は少ないのですが、こうやって街のいたるところに残される記念碑などを辿るのもなかなか楽しいものです。なにより、すでに江戸期に破壊された城ですから模擬天守を建てて、かつてこの地に、秀吉の草創期の代表的な城があったことを伝えて頂けるだけでもファンとしては幸せなことです。
長浜市内には多くの戦国史跡が残りますので、それらと合せてでも楽しめますし、有名な黒壁スクエアなど他の観光地と合せて、軽装で訪問。どちらでも楽しめるお手軽な街の平城跡です。
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長浜駅東口前にある有名な「親子丼」のお店、鳥喜多さん。2014年に10年ぶり以上の再訪問。行列ぷりが激しさをましていますね・・・。肝心のお味は安定の鳥喜多。上に生卵が乗っているので、それを混ぜて「たまごかけご飯」のように食べるもよし!有名店ですが親子丼1杯580円(2014年現在)とリーズナブルなので城巡りグルメにも最適!
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長浜市には多くの史跡が残りますが、徒歩だと厳しいキョリ。長浜駅周辺はレンタサイクルがいくつかありますが、西口のオリックスレンタカーさんのレンタサイクルは、夕方18時までに返却以外は、特にルールもなく500円とお得だと思います!
公式サイトはこちら
所在地
滋賀県長浜市公園町
新宿駅からのルート(※料金や所要時間は目安です。)
【JR新幹線ひかり】品川駅~米原駅料金 片道12,400円 所要時間 約2時間10分ほど
【JR在来線】東海道本線 米原駅~長浜駅料金 片道200円 所要時間 約10分ほど
【入館料】※天守閣(長浜城歴史博物館) 大人(高校生以上)400円、小・中学生200円