応仁の乱の西軍総大将の邸宅跡
地下鉄今出川駅から西へ向かい、堀川通を少し北へ向かったあたりが応仁の乱(1467~1477)の西軍の総大将だった山名宗全(持豊)の京都の邸宅跡とされます。
宗全はもともと但馬(兵庫北部など)を治める室町時代の守護大名で、「日本のマチュピチュ」の異名で有名な竹田城(兵庫県)を最初に築城したという伝説もある人物です。
現地解説板にも説明ありますが、8代将軍の足利義政が後継将軍を実弟の義視に譲ろうとし、それを細川勝元が支持。対して、義政の正室・日野富子が実子の義尚を将軍後継にするために、この山名宗全が後見人になり応仁の乱に発展していきました。
南の今出川通りまで出て、西へ少し入ったところに京都市考古資料館がありますが、その前と、先の今出川通りをさらに南へ進んだ場所に西陣織会館がありますが、両方の施設前に「西陣」の碑。
これは応仁の乱で、宗全率いる西軍はこの宗全邸が拠点になったため、西軍の本陣として機能したことを示す碑です。
(対する東軍は「花の御所」を拠点にしましたが、京都人で「東陣」という言葉は現在は使用しないですね。)
現在は住宅地となっており、文中で紹介した西陣碑付近も都市開発が進んでいますので遺構は残りません。
今は堀川通り沿いのマンションに石碑と、少し西へ入った場所に解説板が設置されているのみ。(ちなみに東軍の細川勝元邸付近には石碑なども用意されていません。)
案外「応仁の乱」を扱った小説が少なく、管理人は池波正太郎先生の「賊将」を読んでから訪問してみました。
歴史背景を少し勉強して訪問すると、当時の姿を想像しながら楽しい歴史散策ができる一帯だと思います。
所在地
京都府京都市上京区堀川上立売下る西入藤木町
新宿駅からのルート(※料金や所要時間は目安です。)
【JR新幹線】新幹線のぞみ 品川駅~京都駅 料金 片道13,910円 所要時間 約2時間15分ほど
【京都市営地下鉄】京都駅~今出川駅 料金 片道260円 所要時間 約9分ほど
【入館料】0円