讃岐の名門・香西氏の本拠地を支えた城跡
讃岐の名門・香西(こうざい)氏が長宗我部元親の侵攻に備え築いた藤尾城のすぐ南側の大内堂と呼ばれる小さな祠のある、荒神社のある小山が作山(つくりやま)城のあった場所とされます。
その藤尾城との位置関係からも同じ香西佳清が築いたとされ、もう少し南側にあった元の本拠・佐料城へ海上で起きた異変を伝える役目を担っていたと考えられています。
藤尾城ができてからはその副城的な役割を担い、廃城時期は明記されていませんが、おそらくは天正13(1585)年に羽柴秀吉による四国攻めで運命を共にしたものだと思います。
冒頭で触れた大内堂ですが、室町幕府で権勢を奮った大内義興が、政治や戦で敗れ、永正17(1520)年に大阪の堺で暗殺されたことで、香西氏と深いつながりがあったことから、香西氏が在りし日の義興を祀ったものとされます。
ただ、義興自身は本拠地の山口県で病死したともされるので、最期に関しての記載は異説ありそうです。
日本城郭大系によると、この大内堂の山には郭が残るとされますが、登山道も確認できず未確認のため、実際のところは不明です。
地図を確認して頂きたいのですが、この場所から北側に少し移動したところに藤尾城があり、その途中の道を東(作山城を背後に右折)したあたりに、木製の作山城の標柱があります。
周辺には香西氏関連の城跡が多いエリアなので、それらと合わせて散策したい城跡です。
所在地
香川県高松市香西南町
新宿駅からのルート(※料金や所要時間は目安です。)
※空路、陸路様々ありますが、高松駅着からの経路を紹介します。
【JR在来線】JR予讃線 高松駅~香西駅 料金 片道200円 所要時間 約4分ほど
【入館料】0円
【JR在来線】JR予讃線 高松駅~香西駅 料金 片道200円 所要時間 約4分ほど
【入館料】0円