日本の城巡り「MARO参上」

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中村家住宅(静岡県)

福井藩祖・結城秀康の生家である浜松市郊外の住宅

 

徳川家康の跡を継いだのは、秀忠ですが秀忠は三男で、家康には織田信長の命によって、自刃させられたとする長男・信康と、あと側室の子だった次男・結城秀康がいました。本来、徳川家を継いでも不思議でなかった悲運の武将・結城秀康が生まれ育った場所が、この中村家住宅だとされます。

中村氏は元は今川氏に仕え、徳川家康が台頭すると、そのまま徳川氏に仕えた武将だとされます。

家康の居城だった浜松城ではなく、距離の離れたこの地で生まれた理由としては、側室・長勝院の子であったため、正室・築山殿の悋気に触れることを恐れたとも伝わります。

さらに秀康にはもう一つ、当時としては大きなハンデを背負わされたとされ、実は双子であったとされます(兄は永見貞愛と伝わります)。当時、双子は「畜生腹」と忌み嫌われた時代であり、それが元で3歳になるまで、家康は対面を拒否したとも伝わります。

重要文化財に指定されている中村家住宅ですが、その指定を受けている主屋は貞享5(1688)年頃の建築と考えられていますが、平成13(2001)年頃に、解体修理、復元がされています。
現地のガイドの方に途中から説明をいろいろ頂きましたが、長屋門の位置も当時とは異なり、すぐ近くにまで浜名湖が広がっていたようです。
また秀康が暮らす御殿もあったとのことですが、そこは現在庭として整備されています。

また見所の一つ、秀康の胞衣(えな)塚(胎盤を埋めた場所)には、家康手植えの梅の木が残ります(すでに数代を経ているそうですが)。

結城秀康は征夷大将軍にこそなり損ねましたが、福井藩の藩祖とし67万石の太守となり徳川氏を支え、松平氏を晩年には名乗ることも許されたとされます。最期も梅毒が原因で30代の若さでこの世を去った、悲運の将・結城秀康。その生家は浜松市郊外の長閑な住宅地に今も静かに残ります。

所在地

静岡県浜松市西区雄踏町宇布見

新宿駅からのルート(※料金や所要時間は目安です。)

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【JR在来線】JR山手線 新宿駅~品川駅(乗換え) 料金 片道200円 所要時間 約20分ほど
【JR新幹線】新幹線こだま 品川駅~浜松駅 料金 片道8,290円 所要時間 約1時間50分ほど
【JR在来線】東海道本線 浜松駅~舞阪駅 料金 片道240円 所要時間 約10分ほど
【入館料】大人(高校生以上)200円、こども(中学生以下)0円

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